「うちは取引先に無理を言っていない」と思う社長へ|公取委71件の指導と、価格転嫁率54.2%という物差し

AI CAO
契約書・規程の整備で会社を守る
「取引先に無理を言っているつもりは、ないのですが」
法務やコンプライアンスの相談を受けていると、中小企業の社長からこんな声をよく聞きます。
「発注はいつも電話とメールで済ませている。いちいち発注書まで作る余裕がない」 「手直しは何度かお願いしているが、追加費用の話をしたことは一度もない」 「支払条件は昔からこのサイクル。取引先から文句を言われたこともない」
どれも悪意から出た話ではありません。それでも危ないのは、「無理を言っていない」の根拠が、書面ではなく社長の記憶にしかないからです。口頭で合意したつもりの条件は、後から見れば「決めていなかった条件」です。取引の適正化をめぐる当局の目線は、まさにこの「決めていなかった」部分に向きます。
しかも、後回しにできる時期ではありません。東京商工リサーチの2026年7月8日公表の集計では、2026年上半期(1〜6月)の企業倒産(負債額1,000万円以上)は5,346件で5年連続の増加。中小企業基本法に基づく中小企業倒産の構成比は、半期では8年ぶりに100.0%となりました。「人手不足」関連倒産は237件(前年同期比37.7%増)、うち人件費高騰によるものが120件(同140.0%増)です(出典は記事末尾)。上がったコストが取引条件に反映されなければ、取引先が先に倒れます。
公正取引委員会が広告業者に71件の指導。指摘された類型は、業種を選ばない
知っておいてほしいニュースです。2026年6月29日、公正取引委員会が、広告業者(委託事業者)と広告制作業者(中小受託事業者)との間の中小受託取引について集中調査を実施し、広告業者に対して71件の指導を行ったと公表しました。対象は新聞・雑誌・テレビ・インターネット・交通・屋外広告等の制作および関連イベントの企画運営です(出典は記事末尾)。
指摘された類型は次のとおりです。
- 口頭発注など、発注内容等の不明示・明示不備
- 60日を超える支払制度による支払遅延
- 無償の修正・校正を求める、不当な給付内容の変更
- 知的財産権の無償譲渡等、不当な経済上の利益の提供要請
- 手形払い
- 振込手数料の負担強要
広告業界の話に見えますが、並んでいるのはどの業種の受発注にも残っている慣行です。制作を外注する、士業や設計事務所に委託する、加工を依頼する——発注側に回る場面がある社長なら、いくつかは思い当たるはずです。「昔からこうしている」という理由だけで続けている条件がないか、点検してください。
価格転嫁率54.2%。そして8月には「発注者リスト」が出る
もう一つ、2026年6月26日に中小企業庁が公表した価格交渉促進月間(2026年3月)のフォローアップ調査です。受注側の中小企業30万社にアンケートを実施し、69,625社から回答を得ました(抽出される発注側企業は延べ91,233社)。結果は次のとおりです(出典は記事末尾)。
- 価格転嫁率は前回から約1ポイント増の54.2%
- コスト要素別では、原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%
- 支払手段を「現金のみ」とした回答は87.5%に増加、一方で支払期日が60日を超過する企業が6.6%残存
この調査は二重の意味を持ちます。ひとつは受注側としての物差しです。自社の転嫁率が54.2%を下回るなら平均以下という位置づけになります。なかでも労務費50.0%は、賃上げ分を価格に乗せる交渉の余地が最も大きい領域です。
もうひとつは発注側としての備えです。中小企業庁は2026年8月上中旬に、発注者ごとの評価を記載した「発注者リスト」を公表予定と明記しています。取引先の回答が、そのまま自社の評価として並びます。
契約と社内規程で、いま整えられる3点
1. 発注書を1枚の型に決めて、口頭発注をなくす
指摘類型の筆頭は「口頭発注など、発注内容等の不明示・明示不備」でした。立派な書式は要りません。委託する内容・納期・代金の額・支払期日・支払方法を毎回同じ順番で書いた1枚を用意し、メールで送って残す。「言った・言わない」をなくすだけで、この類型からは外れられます。
2. 支払期日を「納品から60日以内」で社内規程に固定する
60日を超える支払制度は、指導の類型に挙げられています。自社の「◯日締め・翌々月◯日払い」を実際の日数に換算してみてください。締め日と支払日の組み合わせによっては、簡単に60日を超えます。手形払いも指摘類型に入っている以上、支払手段そのものを見直す機会です。
3. 修正・知的財産権・振込手数料の3点を、契約書に必ず書く
無償の修正・校正を求める給付内容の変更、知的財産権の無償譲渡等の利益提供要請、振込手数料の負担強要。いずれも契約書に書いていないから、発注側の慣行がそのまま通ってしまう類型です。修正は何回まで含み、それ以降はいくらか。成果物の権利は誰に帰属し、対価は代金に含まれるのか。振込手数料はどちらが負担するのか。3行書き足すだけで、指摘の芽を摘めます。
「パートナーシップ構築宣言」が10万社に到達
経済産業省は2026年7月7日、パートナーシップ構築宣言の宣言企業数が7月6日時点で10万社に到達したと公表しました。発注者側の立場から、代表権のある者の名前で、サプライチェーン全体の共存共栄と、受託中小企業振興法第3条に規定する振興基準の遵守を宣言する取組です。中小企業庁の受注側企業調査では宣言企業のほうが価格交渉・価格転嫁への対応が良好であることが示されており、国・地方自治体の補助金審査における加点措置等でも活用されています(出典は記事末尾)。
発注側に回る社長には補助金の加点という実利があり、受注側としては交渉前に取引先が宣言済みかを確認する材料になります。ただし宣言は看板です。発注書も支払期日も変えないまま宣言しても、中身は変わりません。
Before / After
Before: 発注は電話と口頭ベース。修正は何度でも無償が当たり前になっている。支払サイクルが実際に何日かを数えたことがない。値上げを打診されても、応じるべきかの判断基準がない。8月の発注者リストで自社がどう評価されるかも見当がつかない。
After: 発注書の型が1枚あり、内容・納期・代金・支払期日が毎回文書で残る。支払期日は60日以内に規程で固定。修正回数・権利の帰属・振込手数料も契約書に明記済み。価格交渉は54.2%・労務費50.0%という数字を土台に話せる。取引条件が、社長の記憶ではなく書面の中にある。
よくある失敗と、避け方
- 「長い付き合いだから書面は要らない」 → 関係が良好なうちに型を作るほうが通りやすい。揉めてからの整備は条件変更に見えます
- 修正の無償対応が慣行になっている → 回数と追加費用を先に決める。値上げではなく、曖昧だった範囲を明文化する話として伝える
- 値上げ交渉を感覚で始めてしまう → 転嫁率54.2%、労務費50.0%という公表値を根拠に、コスト要素ごとに分けて話す
- 書式だけ整えて運用が変わらない → 発注書を出す担当と支払日を管理する担当を決め、月1回だけ実際の運用を確認する
こんな社長に向いています
- 外注・委託があるが、発注書を毎回は交付していない
- 支払サイクルが実際に何日になっているか、数えたことがない
- 修正対応や成果物の権利について、契約書に書いていない
- 値上げを打診されたとき、応じる・応じないの判断基準がない
- 8月の発注者リスト公表を前に、取引条件を点検しておきたい
ひとつでも当てはまるなら、発注書の型と契約書の3行から始める価値があります。
法務の下書きはAIに任せ、判断は人が持つ
法務の実務でもAIの選択肢が増えています。弁護士ドットコムは2026年6月29日、日本の法令・判例・ガイドライン等を統合した独自データ基盤「Legal Graph」をもとに、法務リサーチから文書案の草案作成までを対話しながら行う「Legal Brain エージェント」の刷新版を提供開始しました(出典は記事末尾)。
一方、帝国データバンクが2026年5月14日に公表した調査では、生成AIの懸念・課題の1位は「情報の正確性」50.4%でした(出典は記事末尾)。任せるのは下書きまで、最終判断は人が持つ——この線引きを社内規程に書いておくことが、法務でAIを使う前提になります。
その線引きも含めて伴走するのが、AI CxOのAI CAO(法務・コンプライアンスの責任者)です。発注書と契約書の雛形づくり、支払期日の社内規程化、価格交渉の材料整理、AI利用ルールの明文化まで、御社の取引の実態に合わせて整えます。
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